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![]() しかしながら、こうした単一の産品に過度に依存する経済は、市場経済のシステムの中では大きな危険をはらんでいます。 というのも、受給のバランスが価格を決定する市場経済では、価格が生産者の意志とは無関係に変動するからです。 本来歓迎されるはずの豊作が、産品の著しい価格下落を招いてしまう場合もあります。 そのようなことになれば、国家経済の危機です。 こうした経済構造は、一般に「モノカルチャー経済」と呼ばれています。 植民地化された経験を持つ国によく見られる事例で、多くの国が独立を果たしたのちも、そこから脱却することができないでいました。 ブラジルも例外ではありませんでした。 ![]() というのも、いったん収穫樹齢に達したコーヒーは、その後30年から40年は毎年実を結びます。 そのため、たとえ1906年のクロップを処分できたとしても、それに匹敵するニュークロップが翌年も、翌々年も収穫されてしまうのです。 結果、ブラジルが在庫のコーヒーをすべて処分できたのは、1913年のことでした。 じつに余剰コーヒーの処分するのに7年の歳月を要したわけです。 きわどいところでの危機回避でした。しかし、そんなブラジルをその翌年、さらなる苦難が待ち受けていました――。 ![]() ヨーロッパ各国のコーヒー需要は著しく低下し、豊作による危機をなんとか脱したブラジルを直撃しました。 戦争が終結したとしても、ヨーロッパ諸国の疲弊は長くあとを曳くことになるでしょう。 もはやコーヒー立国ブラジルの命脈は風前の灯火でした。 ![]() 法律で酒を禁止されたアメリカでは、一気にコーヒーの需要が高まりました。 その結果、ブラジルは戦争で疲弊したヨーロッパに変わる輸出先を得、そればかりか年来の在庫まで一掃することに成功したのです。 こうして瀬戸際まで追いつめられたブラジルは、世紀の悪法として知られる、アメリカの「禁酒法」によって息を吹き返すことになります。 |